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2015年7月

「自由な社会」を守れ―この強行採決は認められない

「安保法制」法案の強行採決を私はけっして認めません。思想信条のちがいを超えて、この審議過程は容認できないものです。なぜなら、それは日本社会から責任ある/応答する responsible /accountableで自由な言論を奪い、ついにはわれわれを滅ぼすものだからです。

法案の中身についても言うべきことは山ほどありますが、それはいったん措きます。

衆院での強行採決の過程は、違憲だという批判や指摘に与党がまったく答えないものでした。安全保障上の疑義について、与党が自らの期待や信念だけをくり返し、絶えず対話から逃げ続けたものでした。運用の具体についてすら答弁は定まらず、それにもかかわらず与党は論点をずらすことに熱心でした。そればかりか、議論を求めるメディアへの威圧をちらつかし、与党内部の発言すら封じました。この結果として世論の不支持が増えると、いっそう逃げ腰になって強行採決にいたります。11本もの法案を束ねた提案にかけられたのはわずか116時間です。

この強行を可能にした300ほどの圧倒的議席がアベノミクスへの賛否を軸に与えられたに過ぎなかったことは忘れることはできません。昨年12月のその選挙はおよそ争点らしきものもない中でこの経済政策に議論をしぼって仕掛けられたのでした。与党は安全保障政策上の信託を受けていません。

ここにあるのは、拮抗した議論が合意点をみつけきれずにやむなく到った多数決とはまったく異なるものです。多くの人があずかり知らない法案を、中味ある審議から逃げ回った自民党公明党が勝手に採決したわけです。

憲法さえ無視せざるをえないほどの事態があるのだとみるみなさん(わたしはこの見方に同意しませんが)もさぞ歯がゆかったでしょう。不思議にも、与党はそれほどの喫緊の事情を示すことも、自案の妥当性を証明しようとしませんでした。国際情勢の悪化を喧伝しながら、それがどんな変化なのかはいつもほのめかしどまりで、現実味のない事例を断片的に示すだけでした。外交を含む政策方針の全容すらついに語らずに、与党だけが国の安全を考えているという強弁だけがばらまかれました。へたくそな囲碁みたいな、お粗末な話です。

こうした対話なき決定、応答を放棄したやり方は、おそるべき無責任体制を生み出します。だって、誰が何を根拠になにを決めたかがわからないのですから!責任を問うことができません。検証のための足がかりがありません。そのくせ、その都度の政権が勝手にサジ加減する能力だけが与えられます。

このトホホな欠陥は是が非でも隠さねばなりませんが、いったいどうやって?

手っ取りばやい方法は、あらゆる場面で無責任体制をつくることです。ちょうどひとつのウソを隠すためにウソやごまかしを重ねるのに似ていましょう。どこかできちんと検証をすると、そのやり方を他でも適用せよと圧力が高まります。そうならないよう芽を摘むにはいつもこの無責任体制をつかうのがよろしい。

この無責任体制は、すぐに民間にも滲み出していくでしょう。合理性や検証可能性とは別の理由で、責任者不在でことを決める権力には搦め手からすり寄るのが良いでしょう。こうして、民間にもまたこの流儀に連座していきます。

このみっともない無責任連合体はバレたくありませんので、余分な批判や検証は押さえ込んでおかねばなりません。大事な特別委員会を中継しなかったNHKはとっくに事態を先取りしています。

いやぁ、活気のある社会だと思いませんか?自由で闊達な議論を阻む世界。こんなところにイノベーションなんか生まれますかね。クールな判断や検討を避けて、ごまかしを積み重ねていく政治。こんなのがホントに国際政治の場で渡り合えますか。こんなうっとうしい世界に、力量と未来のある若者はかけてくれますかね?

右でも左でも、老若男女を問わず、すべてのみなさんに乞います。この法案はおかしい。止めましょう。押し返しましょう。

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