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歴史学宣言―学部ゼミ編(書きかけ)

ゼミ選択の季節がめぐってきました。

数年前から、「歴史学」を学部ゼミの看板としても強調するようになっています。
いま、学部生の時にこそ拓きたい・磨きたい視座としてです。

時代がまだのほほんとしているとき、ちょっと前までの日本社会のようなところでは、「歴史学」は「懐古趣味?」くらいにしか響かなかったのかもしれない。かくいう私も、学部生の頃は「もうちょっと前向きのことやりたいな」とでも思ったのか、社会学やら政治学に惹かれて、学部の卒論はそういえば国際労働移民で書いたような。

けれども、その「前向き」という「前」とか「うしろ」ってどこのことよ。
進むべき道がわかっているつもりのときには気にも留めなかったことをあらためて考え直さざるを得ない時代がやってきています。

長短あわせて、現代社会を考えるための基本的な議論をじっくり読んでみましょう。
I. 現代(近代)とはいったいどういう時代なのか。
現代社会論・現代史を入り口に、世の人たちよりもぐっと長い時間軸で考え直していきたい。

II. いったい世界はどう出来ていて、誰・なにがどうやって変えていくのか。
なにか大きな構造が決定していくのか。働きかける余地があるのか。どのあたりが変わりがたいのか、難所なのか。
さまざまな時代のケースから検討してみましょう。

I,IIともにいずれも唯一の正解があるわけではないはず。むしろ、提示される複数の見方を吟味していくのがまずは楽しい。じっくり本を読みながら、ああでもないこうでもないと話し合いたい。

III.個別ケース・史料を起点に世界を描き直す
意識しようとすまいと、われわれは様々な図式にものの見方を制約されています。
世の中こんなもんだよ、と。
その中でもとりわけ強烈なのが、歴史。なにしろもう過ぎ去ってしまったことなので、これは確定済みの事実ですよと押してくる。
けれども違うのです。史料を、お決まりの図式に当てはめるのでなく、図式からこぼれてしまうところに注意しながら検討していくと、もう固まってしまったはずの過去とそれを足場につくられている現在とはにわかに動きを取り戻していきます。
現状追認は世の習いですが、いやちょっと待ってね、こういうのはどう?とやわらかく言い出してくれる人が増えるほどに、世界は活気づいてくる。ご一緒いたしたく。

というわけで、サブゼミの方も歓迎でいろいろな人がやって来るのをお待ちします。

メモ

まずは手近なところで:
戦後日本史、とくに高度経済成長期からはじまって「失われた十年(二十年)」にいたる盛衰。
セットになっている日米関係史、冷戦史。

おもむろに長い時間軸をとって、いまわれわれが当然だと思っている「近代」の再検討も:
グローバル化の端緒としての「長い十六世紀」
early modern(s)についてのあれこれ
「科学」にも歴史あり
あ、書き忘れていますが、わたし専門はアメリカ史です。

こうした「歴史」は過去を確認するためにあるわけではない。
むしろ、もうすでに確定してしまったとされる「事実」を再審に付すための方法。
世界の別のあり方へと開いていくために。

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