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グローバル・ミュージックと浪曲

学期末だ、へとへとだ、何も考えずにただ自堕落に笑いたいと春風亭昇太を見に行きました。期待を裏切らずに、肩のこらない高座。

ところで、もうけたなと思ったのは、ゲストで来ていた浪曲の国本武春。恥ずかしながら、浪曲がなんのことかすら知りませんでした。浪花節?あぁ、清原みたいな義理人情根性ねとか、伴奏つき朗読かなくらいの印象。時流に取り残された化石芸能だろうかと。いや、ちょっとちがいました。

あるタイプの弦楽器が、土地から土地へと移動しながら、その場所毎の生活に反応してあるジャンルになっていく。堺に上陸したら三味線かもしれないけれど、沖縄では三線で、そのルーツは中国に。伝播していけた魅力の核だけを感じ取れていれば、かたちは変わって良いし、変わっていく生命力があるじゃないかと国本。胴間声がステキでした。

見聞は広げておかないといかんですな。今度の週末は近所の商店街でプロレスだ。浅草演芸ホールにも行こう。

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