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中東事情をひきつけてみる

イスラエル・レバノン紛争がもうひと月になります。

日本では遠いどこかの話のようですね。当然かなとは思います。中東地域に深く関与している欧米発のニュースをそのまま流しているわけで、受け手はもちろん、報じている方もなんだかよくわからないのでしょう。

その感覚にはぼくも覚えがありますが、そろそろ目ざめて良い頃です。中東情勢を他人事と思えた時代はもう過ぎ去っています。米ソががっぷり組み合っていたおかげで、朝鮮半島の緊張をよそ目に、沖縄をのぞく日本はのんびりできました。これに慣れると、混乱する中東なんてさっぱり意味不明なわけです。でももうその生暖かい見取り図は崩れつつあります。残念ながら、同じようなことが身近で起きない保証はありません。しっかり準備しておかないと、慌てることになります。

「だろ、だから憲法改正だ、自衛隊の軍隊化だ」と意気込む人々もいるわけですが、完全に「平和ボケ」です。しっかりしましょう。仮にも「リアリスト」を気取るのでしたら、もうちょっと勉強しないと。イスラエル・レバノンで何が起きていているかを見て下さい。

とても簡単な事実。軍事力は百害の元です。

イスラエルは事態を長期的に悪化させました。それは皮肉にも、安全を保証するはずの軍事力がもたらした結果です。レバノン市民の大量殺戮が生む恨みは、イスラエルを脅かし続けるでしょう。最初にイスラエル兵を拉致したのはヒズボラ(レバノンの民兵)でしょという議論は、無意味です。長年の交戦状態にあった地域での小競り合いを、市民対象の無差別殺戮に拡大したことで、イスラエルへの憎悪は深まりました。理不尽な死は代償を求め続けます。

おそらく、このことをわかってはいたイスラエル要人は少なくなかったと想像します。簡単な道理ですから。それでも武力に訴えたのは、軍事力の誘惑に屈したからだと見るべきでしょう。「拉致されて、ミサイル撃ち込まれて、だまっとれるんかぁ、こらぁ」と突き上げられた時に、精強を誇るイスラエル軍の投入はこれ以上ない演出です。こわもてのシャロンを継いだ文民首相には抗いがたい選択だったに違いありません。傍から見ていると一方的なイスラエルの爆撃ですが、イスラエルにも毎日百発程度のミサイルは飛んでくるし、人も死んでいます。殴られて殴り返さないのは簡単ではありません。

そして結果としての長期的不利益。思惑に反して、ヒズボラを黙らせる道義的な優位をイスラエルは失いました。ちょっと前には和平への道もあり得たわけですが、レバノンだけでなく、アラブ世界全般でイスラエルへの憎悪は焚きつけられました。

さて。

殴らずにはいられないけれども、殴ると自分の首をしめる。わかっていても、殴らずにはいられない。ジレンマです。が、このジレンマをつくり出しているのが、武力というカードなのにお気づきでしょうか。殴るという選択肢が手近にありすぎるのです。

ここに、現実的な課題として、どうやって自分の手を上手に縛っておくべきかという問いが浮上します。

理念の出番です。非暴力という看板を立てておくことが、激情から自分を救って、ジレンマに落ち込まない留め金になるのです。それは間違いなく煮え湯を飲むような体験になるでしょうが、自分のバランスを保つための強力な装置になるでしょう。日本憲法九条の実際的な力を思わずにはいられません。「ミサイル撃たれそうだったら、先に撃っちまえ」とは、瓦礫の下に産み落とす怒りの連鎖を計算できないお坊ちゃまの発想です。

理念や理想と聞くとアレルギーの出る方も見受けますが、理念と現実とはそんなに簡単に分けられません。「軍隊だ!普通の国だ!」とつい言ってしまう前に、世界をどう構築するつもりなのか、そのデザインをよくよく考えたいものです。大量虐殺される人々を横目にひと月も悠然とするのは、「リアル・ポリティクス」ならぬ「バーチャル・リアル・ポリティクス」。(らくだに乗って喜ぶとかは論外ですな。)卒業せねばなりません。

さてさて。

その上で、その理念を立てる社会が、実はとてもタフなものになるのを確認せねばなりません。間違わないようにしましょう。理念や理想は口先だけと思いこんでいる人たちは、そこで必要な汗水たらす日々のメンテナンスを忘れています。

これは思うよりも骨が折れます。ミサイルが飛んできてからきゃあきゃあ騒ぐのは誰でも出来ます。で、じっとできなくて殴りかかったりするわけです。煮え湯ですからね、ちょっとくらい悟っていても呑めません。事態は未然に防がねばならないのです。

ミサイルを撃たさないようにと狭く絞るともう半分負けてますね。ミサイル撃とうとは思いもよらない良好な関係をつくらねばなりません。それが可能なのは、(「プレスリー好き」「気が合うなぁ」とかではなく)公正な関係を自分の社会に培っているのが条件ですし、それが相手方にも共有される交流が要るでしょう。そもそも、「われわれ」と「やつら」と思っている時点でかなりあやうい。我田引水ですが、歴史学もやってください。あれこれの思いこみを問い直せる体力が要ります。

理念、交流、歴史、問い直し。なんと迂遠な言葉ばかりでしょう。あ、そこのあなた、また気を失ってませんか?けれどもその迂遠な道を歩むタフさこそが現実において要請されているのです。

いやぁさわやかな読後感?そんなことはないはずです。むしろ苦い。坊やたちは甘いですが、では日々のメンテナンスが十分かと言えばどうでしょう。巻き直しが要りそうです。でもね、おもしろいと思うのです。これ以上にクリエイティブなことってありますか?直球ばっかり投げてもダメですから、いろいろ試しましょう。求むしなやかにタフな人材。

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松原」カテゴリの記事

コメント

Good points. 複雑なメッセージですね。いくつかの問いに直して応答してみます。

Q1. わたしにはわからんが、勉強不足なのであろうか?

いいえ。

目の前にいる人の思いもたいていはくみ取れないのです。文字や画像ごときで伝わる情報には限りがあります。

Q2. わたしにはわからんが、お前には本当にわかるのか?

いいえ。

上記の理由で、もちろんぼくにはわかってはいないのです。

そしてそのことをきちんと指摘するのは大切なこと。良い突っ込みです。あの人らにだけはわかるらしいと誰かをへこませるような書き方は下手くそ。一度引きずり降ろして、ではなにがどうやって出来るかしらんと考えねばね。

Q3. わたしもやってみたい気持ちはあるのだが、難しくないかえ?

いいえ。

まったく同じ体験を再現するのは不可能ですが、近づいたり、受けとめたり、了解する方法はたくさんあると思います。投稿で使ったのはごく簡単な戦後日本史という補助線。でもこんな程度でも手がかりにはなったでしょう。

もちろん、多彩な補助線を引けるようになるのに修行は要ります。そのために大学なんかに来ているわけでね。ひとつでも多く身につけて下さい。いろんな人があれこれ持ち寄れれば、随分見通しは豊かになると思います。

Q4. 言いたいことはわかるのだが、しかし君、根本的なところでやり方に無理がないかえ?

お、痛い。

そうなんです。いつも悩むところで、みなさんの知恵が欲しいところです。

ここはまた後で書いてみましょう。続く。

投稿: 松原 | 2006/08/13 20:32

中東事情、これを聞いて思い浮かぶことは、ガソリンの高騰、砂糖の高騰…そしてお盆を前に、なんとお線香も高くなっているそうです(オイルマネーを手にした富裕層の影響だそうです)。残念ながら、中東を身近に感じる時はこういう時です…。お前、何を勉強してるんだ!って言われそうですが…。

イスラエルとレバノンの紛争については、テレビや新聞で目にします。海水浴中に攻撃され、家族全員を失った女の子もニュースになっていました。でも、そんな報道を見て思うことは「可哀相…」「なんでこんな憎しみを生むようなことを続けるんだろう…」というようなことばかりで、やはり“どこかで起こっていること”という感覚を拭い去れません。いつもニュースを見て思うことですが、メディアで知る情報は身近に感じることが出来ません。テレビは、世界の情報を同時的に知ることが出来て凄い!と言われることもありますが、それでも身近に感じることが出来ないのです…。

理不尽な暴力が事態を悪化させるということには納得です。ボスニア内戦で息子を失ったイスラム教徒も「今目の前にセルビア人がいたら殺してやりたい」と言っていました。一方、大量虐殺を行ったセルビア人側も、虐殺を反省しながらも、自分たちもイスラム教徒側から虐殺されていたと言い、相手に反感を持っていました。それでも、あるセルビア人女性は、子供にその反感を教えるのではなく、他の民族とも仲良くすることの大切さを教えていました。その時思ったことは、その歴史を体験しなかった若い世代は、“恨み”や“誤解”を抱かずに、他民族とも上手くやっていけるのではないかということです。もちろん過去に起こった事実を知る必要はあるけれど、その上で、暴力を用いずに解決する姿勢を育むことも可能だと思いました。だから、そういう意味では、今回のイスラエル・レバノン間の理不尽な暴力はとても残念です。なぜなら、暴力に訴えることで、そういう手段を知らなかった子達もその手段を知り、恨みや憎しみを持ってしまうからです。

もちろん、そういった紛争が起きる前に手立てを打つことが大切です。そこで日本のことを考えてみると、また頭がごちゃごちゃしてきます…。たとえば北朝鮮のことを考えてみると、外交手段としての核の在り方とか…。

なんだか、話がとんでいる上に良く分からない感想文になってしまいました…。すみません。
イギリスでテロ計画が発覚して、ブッシュ大統領の“テロに屈しない戦い”がまた“出て”きました。長くなってしまってすみませんでした。

投稿: 曽根 | 2006/08/11 17:00

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