ゼミ生いちごの北京留学記:⑧アモイいい町一度はおいで(アモイ前編)

こんにちは。
今回は予告通りアモイ旅行記です。
P1000266 P1000326

P1000327 P1000262

知っている方もいるかと思いますが、アモイは台湾の対岸福建省に位置する港町で、改革開放政策後いち早く経済特区として開放された都市でもあります。台湾の対岸にあるということは沖縄よりも南にあるわけですから、当然この時期でも暖かく、10度から15度ぐらいの気温がありました。そして、暖かく湿度もあるので緑も多く、また坂が多いため道が曲がりくねっています。ここまで読んで「何がおかしいの?普通でしょ」と思うかもしれませんが、僕は話には聞いていたものの少し驚いてしまいました。「ここは本当に中国か」と。
実は、僕が中国に来たのは今回の留学が4回目なのですが、上海より南に行ったことはなかったのです。しかも今住んでいる北京は「乾燥・平坦・緑なし」とアモイとは全く反対の環境で、さらにはアモイの人が話している闽南語は中国語の一方言という位置づけであるものの、聞いても全く意味が分からないのです。中国の標準語である「普通語」は通じるとはいえ、街中に漢字の看板がなければまるで東南アジアの別の国のようでした。
さて、ここまで文章がやや否定的になってしまいましたが、僕はこの旅行でアモイの町が大好きになりました。なにしろ暖かくて季候はいいし、街は比較的きれいで雰囲気もいいですし、町の人はのんびりしていて愛想もいいのです。最終日の昼に行ったモスバーガーでは、なんと店員がお釣りを両手で渡してくれました(中国ではお釣りは「ポイッ」とカウンターに投げられるのが普通です)。
そして更に、日本に対しても比較的好意的です。台湾人の最多の出身地は福建省のため、台湾との繋がりの強いアモイも日本好きの台湾の影響を受けています。そのため上記のモスバーガー以外にも、コンビニには北京では見たこともない日清の即席麺が置いてあったりしました。
ただし、やはり問題もあります。博物館で偶然出会ったアモイ大学の日本人学生によると、アモイはすごく住みやすい町ではあるものの、人がのんびりし過ぎているため勉強するには向かない町だそうです。

中国旅行を考えている方、いかにも中国という雰囲気を味わうなら北京がいいですが、アモイはまた違った中国の一面が見えてくるのでおすすめです。もし住むなら、環境は確実にアモイの方がいいですね。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの北京留学記:⑦それでも切符は買えません

こんにちは。
試験も終わったので短い間隔で書いていきます。北京留学記第7弾です。

 横浜には中華街があるので、知っている方も多いかと思いますが、中国人にとって一番重要な祝日は旧正月です。日本の新正月と同じように、みんなが実家に帰り一家で年を越すというのが中国の習慣です。そのため、大学も旧正月(今年は1月23日)の前後一ヶ月が冬休みになります。地方から出てきた人はみんな実家に帰り、留学生も次々帰国していくのです。

 しかし、ここで必然的に発生するのが帰省ラッシュです。中国は日本の十倍の人口のため、それはそれは大変な混雑になります。帰省ラッシュは旧正月の2週間前から始まり、特に都市から地方に向かう列車が大混雑します。そのため、街中の切符売り場は写真のようになってしまいます。
P1000246

 ただし、これだけ並んだところで目当ての切符が買えれば問題ないのですが、僕はぜんぜん買えませんでした。もう売り切れてしまっているのです。寮の掃除のおばさんにそのことを話すと、「そんなに簡単に買えたら苦労しないわよ。中国人でも大変なのに」と言われてしまいました。

 僕はこの冬休みにどうしても福建省のアモイに行きたかったのですが、直通の切符は取れず、江西省の南昌経由も取れず、上海経由も列車は一番高い切符しかなかったため、結局、飛行機で上海まで行って、列車に乗り継いでアモイに行くというルートになりました。三日間切符売り場に通い、買えない度になんどあきらめようと思ったことか…

 なにはともあれ、なんとか移動手段の手配はできたため、アモイ旅行に行ってきます。アモイの様子はまた書くつもりです。お楽しみに。
(切符の写真です。隠している部分には身分証の番号が書いてあります)P1000251

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの北京留学記:⑥北京は大きな駐車場?

こんにちは。
気が付けば久しぶりになってしまいました。北京留学記第6弾です。
今回は4回目で紹介した自転車以外の交通についてです。

北京では朝晩の通勤時間帯の渋滞がよくある光景になっています。やはり最大の理由は人と車が多すぎることですが、公共交通が未発達であるとか、道が狭すぎて交差点の作りが非合理であるとか、信号無視が多すぎるからだとかいろいろな原因が合わさっていると言われています。
そこで授業で先生が紹介していたのが「北京はまるででっかい駐車場みたいだ」という中国人の言葉でした。
僕も実際これは上手いこと言っていると思います。路上駐車されている車の数もさるものながら、よく混む交差点の近くでは数十分全く車が動けないこともあるぐらいなのです。そのため自転車が活躍するのですが、今回は自転車以外の交通を紹介します。

P1000239
① 地下鉄
北京の地下鉄はオリンピックを契機に今まさに発展途中です。現在のところ路線は写真のようになっていますが(点線は計画中)、街中でも所々で地下鉄建設の工事をしています。路線の名前は数字になっており、現在建設済みでよく使われているのは1・2・4・5・10・13号線です。特徴はとにかく安いこと。基本的には一律料金で、なんと2元(30円弱)なのです。そのためしばしば日本の地下鉄の高さが引き合いに出されてしまいます… また、地下鉄に乗るためには荷物を検査機械に通して、危険物を持っていないことを証明しないと入れません。(写真は2号線。早朝なので空いている)
P1000211

② バス
地下鉄は増えてきたとはいえまだまだ少ないため、公共交通の中心はバスです。
数種類走っていて、普通のもの以外にも写真のような二両編成や電線を繋いだトローリーバス、そして少ないですが電動バスも走っています。これまた安くかなり遠くに乗らない限り1元(十数円)しかかからず、プリペイド式の交通カードを使えばなんと6割引になるのです!地下鉄もそうですが、この値段だけを見ても政府が渋滞解消に力を入れているのが分かるのではないでしょうか。
ただし、やはり問題点はあります。一つは時間の計算が難しいこと。バスがいつ来るか、いつ着くかは交通事情により大きく変わってくるのです。そのため時刻表はありませんし、同じ路線のバスが2台続けてくることもあれば、なかなか来ないこともあります。
そして、バス路線は数百とあるのでなかなか乗りこなすのが難しい。乗り場には行き先と停車地が書かれていて、バスの中でもある程度乗り換え案内はされるのですが、地図は書かれていないため、旅行者ましてや外国人にはやや難度が高いです。
P1000113

③ タクシー
そこで一番便利だと言われているのがタクシーです。
値段も比較的安く初乗りが10元(130円ほど)で一キロごとに2元追加のようです。日本の感覚からすると安いですが、バスに乗ると1元のところを20元・30元すると思うと高く感じてしまいます。たぶん日本に帰ると何に乗っても高いと感じてしまうのでしょう…
中国のタクシー運転手は「態度が悪くすぐ客を騙す」との評判を受けていますが、これも北京ではオリンピックを境にかなり改善されたそうです。僕はあまりタクシーに乗らない方ですが、これまでに明らかにぼったくられそうになった事はありません。ただまあ、愛想はないですね。

④ その他
その他にバイクと車の中間みたいなものもしばしば走っています。中にはタクシーのように客引きしているものもありますが、金銭的にも物理的にも危険なため乗らないに越したことはないです。北京などの大都市ではそう多くありませんが、田舎に行くほど日本では見かけない乗り物が増えていきます。
ちなみに、中国人はあんまり信号を守っていないのが現状です。さすがに車はたいてい守っていますが、歩行者と自転車はけっこう無視していきます。そのため中国では信号だけを見ていてはいけません。一番安全なのは、周りの人が渡っているときに渡ることです。

さて、ここまでいくつか紹介してきましたが、ある程度は北京の様子が想像できたでしょうか。想像できなかったという方、百聞は一見に如かずです。ぜひ一度北京を訪れてみて下さい。ただし、あまりに中国に慣れてしまうと、日本に帰ったときに全て運賃が高く感じ、交通マナー違反になってしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの北京留学記:⑤ついついツッコミ小話集

 こんにちは。
 今回は留学中に見つけた小ネタを載せています。
 写真と文章だとなかなか伝えるのが難しいですが、一つでも面白いものを見つけて頂ければ嬉しいです。

・だめでしょお母さん
 軍事博物館にて。楽しそうに兵器の操縦の真似をする男の子ですが…、手前の看板には「No Climbing」って書いてあるぞ~!
 しかもこれ実は写真の左側にお母さんが居て、子どもを登らせた後に写真を撮っているんです。お母さん、だめでしょそれじゃ!
P1000082 P1000087_2

・これでいいのか?博物館
 これも軍事博物館にて。博物館の館内なのに飲み物を売ってます。普通、飲食厳禁だろ…。しかも暇なのか係員は眠っています。こんなのでいいのだろうか…

・大美女とは
ある日の授業で出てきた単語は「美女」でした。それだけならなんの問題もなく終わったのでしょうが、先生がその派生として教えた単語は「大美女」。
 日本人なら意味が分かるので全く問題ないですが、「大」の漢字の概念を「大きい」しか知らないアメリカ人の留学生は「大美女=太って体の大きい美女」だと思ってしまったのです!
 やっぱり漢字の概念を知っているのと知らないのとでは大違いだと思いました。

・遊び心
 中国語の教科書にもときどき変なものがあります。
下記のものは、リスニングの教科書に実際に出てきた問題です。

男; 我不喜欢跟女生聊天儿.    (俺、女の子としゃべるの好きじゃないんだ)
女; 真的吗?           (本当に?)
男; 跟你是个例外.        (君とは例外さ)
问; 男的喜欢跟女生聊天儿吗?   (男性は女の子としゃべるのが好きですか?)
A.不喜欢  B. 喜欢        (A、嫌い B、好き)
C. 只喜欢跟这个女生聊      (C、この女の子としゃべるのだけ好き)

 それまで集中して聞いていたのに、つい笑ってしまいました。

・せっかく作った景色が…
 中華民族園にて。苗族(ミャオ族)による刃物で出来た「はしご」を登る演技です。周囲も苗族の村を再現してあるのですが、少し上を見ると遠くにビルが見えてしまうので、雰囲気をぶち壊しています。
 この中華民族園ですが、このような伝統集落の再現の中に、実際に民族衣装を着た少数民族の人がいます。最初は興味深かったのですが、だんだん「人間の動物園」を見ているような気分になって、文化の見せ方について考えてしまいました。
P1000058_2 P1000137

・単純明快
 落書きというと、ほとんど俗語で暴力的か卑猥かのどちらかなので、外国人にはなかなか分からないものですが、これはあまりにも簡単でした。
 我爱我自己 (俺は俺自身が大好きだ)
 単純明快なナルシストですね。ただ、ここまではっきり名前を書いているとなれば、他人の仕業という可能性もありますが。

 まだ他にもあることはあるのですが、今回はこれぐらいにしておきましょう。
 ある程度丁寧な文章にすると、なかなかつっこめなかったのが心残りです(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの北京留学記:④なんだかんだで自転車天国?

こんにちは。
今回は予告通り北京の交通についての報告です。
「中国と言えば自転車天国でしょう」
と思っているあなた、その認識は最早古いです。だいたい30年ぐらい前の認識です。
今の中国の都市部は自動車の渋滞がすごいのです。
通勤時間帯なんてもうめちゃくちゃ渋滞します。
そのため北京ではナンバープレートの下一桁の数字で自家用車の規制を行っているぐらいです。(例えば、火曜日は下一桁が1と6の車は運転禁止など、数字は約3ヶ月固定のようです)
そこで登場するのが………なんだかんだで自転車です。

庶民は自転車しか持てなかった開放政策以前から大きく経済発展し、多くの人が自動車を持つようになり渋滞が深刻化、再び自転車が便利になるといったやや皮肉な状況です。
渋滞以外にも、北京では自転車が便利な要因が2つあります。P1000105


1つは坂がないこと。とにかく真っ平らなので非常に楽です。
2つ目は自転車道があること。
北京のある程度大きい道は写真のように、歩道―自転車道―車道となっています。そのため割と安心して自転車を走らせられます。ただ問題は路上駐車がとても多いことで、しばしば路肩が路上駐車で埋ってしまいます。

さて、ではどんな自転車が走っているのかというと、きれいで速い自転車からいつから乗っているのか分からないようなおんぼろまで、本当に多種多様です。
また少し写真とともに紹介しましょう。

① ママチャリ
やはり一番多いのはいわゆるママチャリです。街中でもこのようにたくさんあります。ただ乾燥して埃っぽいためか、日本のものよりはたいてい古そうに見えます。

② 電動車
そしてけっこう多いのがこの「電動車」(中国名も「电动车」)。ペダルがあって人力でも走れるようになっていますが、漕がずに電力だけでも走れます。日本での電動自転車と原付の中間みたいな存在です。

③ ボロ三輪
こんなのもしばしば見かけます。いったいいつから使っているのでしょうか。それでもしっかり鍵はかけてあります。
P1000114_2 P1000111_2 P1000110_2

④ 二人乗り用座席
もう完全に二人乗り用装備です。日本だったらお巡りさんに怒られそうですね。でもこれ、そんなに少なくありません。

⑤ お馬さん(番外編)
人力でも電動でもなければ…。けっこう中心部でもときどき見かけます。ただどこから来るのかは謎です。
P1000115_2 P1000168_3


自転車に限らないことですが、最新のものと日本では淘汰されてしまった年代物が同時に存在しているのが今の中国です。これ以外にも建物や服装など、いろいろなものがその発展の速さを物語っています。その急速な発展の結果がどこに向かうのかは非常に難しいところですが、少なくとも今の中国ではその発展について行ける人とついて行けない人との差があると感じます。

次回は…とりあえず中間テストが終わったら考えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

行ってきました、「占拠」運動 in DC

最後の夜、いまアメリカに来て見ないわけにはいかんわなと、くたくたの体をひきずってOccupy DCへ。ニューヨークでのOccupy Wall Street(「ウォールストリートを占拠せよ」運動)に呼応して各地で展開中のロングラン・デモです。

ううむ...、すみません短時間滞在ではわからんかったかも。テント村を案内してもらって、GA(というのか、総会general assembly. 意訳としては全員参加型の意思表明儀礼?)にちょっとまぜてもらって。ついこないだ気鋭の政治学者にあれこれ教えてもらっていたのですが、くたびれたアンテナでは感じきれず。ニューヨークとは規模も違うのでそれは割り引かないといけないでしょうが。P1040217

ともあれ現時点での観察メモ。

なにかを直接変えていくには力不足かという印象は変わらず。いろいろな人がそれぞれの深度でどっっぷりからふらりとまでかかわるのが魅力ですが、今のところどこかで結晶しそうにはなし。大統領選がもう一年早かったら少し違ったかもしれませんが、そこまではちょっと保たないかなぁ。

でもなるほどね、と思うところもあり。

相互学習・相互トレーニングの場所なのだな、と。交差点の向こうから「じ~ざ~す、じ、い、ざす!」とマイクで連呼する妨害にもめげずに、マイクなしで行くGA。マイクを握った誰かが壇上から引っ張るのではなくて、協働的な意志決定をやるわよと。まったくの空論だわなという感じの一方で、そういう試みを毎晩仕掛けているらしい若い人たちは、唱和やらサインランゲージやらちょっとヘンテコなコミュニケーション手段をあれこれと試している様子。歴戦の活動家(?)風の人々がそれにあわせてみたり、おちょくってみたり。何だかなぁこれでどこに行くのだろうという場面の方が多いのですが、方法の棚卸しと実験とが進んでいくようです。

すっかり自家薬籠のものにしたビデオ、ツイッターなどなどのメディア戦術、にぎやかしのデモ(ホワイトハウスのすぐそばの公園でやってます。聞こえているようには思えなかったけれど)、定番ながら大事な法教育(15分で使える警察対策法講座はすばらしい)など、盛り沢山。こうしてまた一人、また一人とノウハウを蓄えた人が増えていくのかと感心。

あちこちで時折噴出している長いながい対抗運動がここでまた顔を出していると言うのは間違いではないかな。ゆっくりと準備が進んでいくようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

文書館に敬礼

少々無理をお願いして、実質四日だけの調査のためにDCを訪れていました。国立文書館へ。

いつもながら頭が下がるのは史料の番人たち。

今回の史料は、第一次大戦期にわずか二年だけ存続したとある連邦組織のもの。交信記録だけでも250ボックスくらいでしょうか。ひとつずつ当たろうとしたら何ヶ月ではたして利くかというもの。インデックスのおかげでかろうじて手がかりをもらうわけです。政府機関ですから、史料としては収集も整理も比較的楽な部類でしょうが、それでも誰かがこつこつとインデックスにしてくれないとたまりません。事情に通じているはずの私がみても「なんじゃこれ?」「なんで?」「わからん」と思うものを、淡々と着々とメモしてタイプライターを叩く。で、保管して、所在に通じた文書館員をそろえておく。

上澄みをお借りして仕事をさせてもらっています。見立ての個性や強さがないと外国研究・歴史研究なんか消し飛ばされてしまうわけですが、史料とじっくり向き合わずには砂上の楼閣。地道な作業への敬意を表したく。最敬礼を。

あらためてこんな当たり前のことを思うのは、このところずっと苦労している原稿があるからにちがいなし。先行研究が築いた水路にあらがって進もうとしています。自信の半面、ホントにこんなこと言えるのかなと筆が止まってしまうこともたびたび。すごくコワくて足がすくみます。こんなときは、史料の森をもう一度くぐり抜けて、張りめぐらされた小径のつくりをじっくり洗い直して、自分がつなげようとしている道の意味と妥当性をつかみなおすしかありません。実証史が築く砦を破ろうとしたら、その実証の足場から考証にかけるしかなし。史料と議論argument・叙述narativeとの往還です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの北京留学記:③国慶節は自転車旅へ

こんにちは。
日本ではついに夏休みが終わり大学も始まりましたが、ここ中国では10月1日から一週間、国慶節(建国記念日)のためお休みです。(この一週間は「黄金周」と言います。意味はゴールデンウィーク。そのまんまですね、笑)
 今年は土日と合わせて9連休なこともあり、中国人学生は実家へ、留学生は旅行へとみんなどこかへ行ってしまいます。そのため、寮も大学も静かです。
 
 さて、僕はというと、「寒くなる前に自転車乗りまくろう!」ということで、自転車に乗って天津まで行ってきました。(横浜国大でもトライアスロン部所属でときどき自転車旅に出ていました)
北京と天津は日本で言えば東京と横浜のような関係ですが、約30kmで簡単に日帰りできる日本とは規模が違います。北京・天津間は約130kmあります。それでも一泊二日で行ける距離なのですが、今回は少し余裕を持って三日間で行ってきました。

それでは写真とともに旅の様子を紹介しましょう。

① 北京での相棒の自転車。値段は普通の自転車の10倍以上しますが、ある程度のレベルの自転車が欲しかったので購入しました。(これでも日本で乗っていたものよりは妥協した)盗まれるのが怖いので、普段は寮の部屋に置いています。P1000042_2

② 途中しばらく一緒に行動した高校生三人組。休憩していたら、「一人?一緒に行こうよ!」と声をかけてきてくれました。彼らの雑談は聞き取れないですが、こっちに向けて話していることはある程度わかりました。なかなか楽しかった。P1000122

③ 延々と続く黄色い舗装…ではなくこれトウモロコシを乾燥させているみたいです。さすがに食用ではなく飼料であることを願いたいです。何度も山のようなトウモロコシを積んだトラックとすれ違いました。P1000140

④ 脇道を見れば未舗装路もしばしば。少し小さいですが、左奥のトラック、このあと無理して手前に曲がろうとして電柱を壊してしまいました。でもそのまま奥へと走り去っていった…P1000119

⑤ 天津の夜景、きれいですね。横浜を思い出します。ただこれを一人で見るのは寂しすぎます… 結論、天津は恋人と来るべきところです。P1000152


自転車で旅をしていて面白いのは見ず知らずの人(おっちゃんが多い)が興味津々で話しかけてくることです。正直に言うとまだあまり聞き取れないのですが、それでもぜんぜん外国人だとは思われません。「俺の言葉が聞き取れんたぁ、いってぇどこの田舎もんでぇ」(北京訛りを考えて江戸っ子風にしてみました)という感覚なんでしょうか。中国は広いので標準語教育が進んでいるとはいえ、方言はほとんど違う言語ですし、中国語(漢語)を母語としない少数民族も居るからだと思います。まぁ、僕も見た目中国人と変わらないですから。

次は承徳(河北省、清代の皇帝の避暑地)か石家荘(河北省の省都)を目指したいところですが、今年はもう祝日がないのです。一泊二日で次の日授業はちょっとしんどいなぁ。でも、またどこかに行きたいものです。
中国に限らず自転車で移動すれば、飛行機や電車・バスなどでは見えなかったものがいろいろ見えてきます。ただ、僕は「旅人もどき」程度なので大したことありませんが。
(横浜国大トライアスロン部の先輩で、僕とは比べものにならない本気の自転車旅をしている人が居ます。もしよければ、見てみて下さい http://ameblo.jp/coc-ytkk/)

次は北京の交通事情か通信事情を紹介しようかと考えています。
授業の紹介はいつになるのでしょうか(笑)
それではまた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの北京留学記:②とにかく安い大学食堂

こんにちは。
授業も始まり、けっこう宿題や小テストもあるので、案の定日記は書かなくなってしまいました。授業についても紹介すべきところですが、それはまたの機会にしておきます。

留学生にとって重要なのはなんと言っても食事!喰うもん喰わなきゃ勉強もできん!ということで、2回目の報告は中国での食事についてです。P1000048
 留学前、過去に留学していた先輩(女性)から「中国は料理がおいしいから、太りやすいよ。特に女の子は。私の場合は3キロ太ったもん!」と言われたものですが、男の自分はどうなる事やら。今のところは体重を量っていないので分かりません。
 さて、実際行ってみてどうだったのかというと…、やっぱりおいしいです。そしてそれ以上にとにかく安い!大学の食堂(写真1)で食べれば、一食100円どころか50円ぐらいですむことも。中国人には「弁当」という発想はないので(冷たい食事なんかおいしくないじゃないか!という事らしい)、特に昼時にはめちゃくちゃ混むのが難点ですが、これだけ安くてしかもおいしいとなれば、もう毎食行くしかないですね。日本では一人暮らしをして、けっこう自炊もしていましたが、中国では全く料理はしていません。(寮に設備がないことも要因だが)


P1000097
 では、少し料理の紹介を
・ 包子(中華まん)とおかゆ(写真2)
ある日の朝食です。朝におかゆは食べやすくていいですよ。少なそうに見えますが、包子は思った以上にお腹がふくれます。これで値段はなんと1.3元(20円弱)
・ 西紅柿面(写真3)
ある日の夕食です。日本風に言えば「トマトうどん」でしょうか(西紅柿=トマト)。そんなのおいしいのか? いやいや、意外とおいしいんです。ぜひ中国に来たら食べてみて下さい。これは4元(約50円)。
P1000104


ちなみに、中国の食堂は朝昼晩、約2時間ずつしか開いていません。中途半端な時間に行っても開いていませんし、だいたい終了30分前を過ぎると従業員が料理を片づけ始めて、手の空いた従業員はテーブルに出てきて残った料理を食べ始めます。そのため、早めに行った方がいいです。
また、大学食堂はプリペイド式のカードでしか支払いができないのが普通です。北京師範大学の場合は、学生カードが身分証明書と大学内の食堂やお店で買い物ができるプリペイド式カードを兼ねています。小銭をあまり使わなくて良いので、けっこう便利です。

まだ、他にも書いていないことがあるような気もしますが、今日のところはこれぐらいにさせていただきます。皆さん、中国に留学してみたくなりましたか?
それではまた。再見!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゼミ生いちごの留学記:①北京師範大学より

はじめまして。十期生の大谷一悟(おおたに いちご)です。
(松原ゼミなのになぜか)現在、中国は北京師範大学に留学中なので、ときどきその報告を書かせて頂こうかと思います。
 最初の一週間は授業がなくて暇…というか語学力不足によりなんにもできなくて落ち込んでいたので日記風ですが、おそらくこの後形式は変わってくると思います。

・ 8月31日 
・ 日本出発。関空→青島→北京。北京空港で飛行機から降りたときに、「オオサカ!ダーバン!(中国語読み)」と係員が呼んでいたが、気にせず既に来ていたバスに乗ると、後でそれが青島から乗った人用のバスであった事がわかり、大阪からの荷物がどこに下ろされるのかわからなくなる。同じ失敗をしたフランス人のビジネスマンと一緒に航空会社のインフォメーションに行き、なんとか荷物が出てくる場所までたどり着いて一安心。よかったよかった。
・ タクシーで寮周辺に着くも、着いたとたんに降雨。大荷物なので傘もあまり効果がなく濡れながら寮へ。寮のフロントに着くとよくわからないまま手続きが進み無事入居…といいたいところだが、一人部屋と聞いていたのに言われた番号の部屋に行くと既に誰かいる!どうしよう??鍵を見ると「80××A」とある。でも周りを見ても部屋番には数字しかないし…。散々迷ったあげくにやっぱり自分の番号の部屋に入ってみると、中に更にドアが2つ!「80××A」と「80××B」だった。どうやら1つドア内に2人で共有のトイレ・シャワー・洗面所があって、更に奥に個室が2つあるようだ。やっとわかった。しかし、微妙な個室だなぁ…。しかもやたら細くてウナギの寝床みたい。Photo

・ 9月1日
・ とりあえず留学生としての登録に行く。…しかし、ちっとも中国語が聞き取れん!こっちが留学生だとわかって簡単な言葉でゆっくりと話してくれても聞き取れない。聞き取れても意味がわからない。まぁ、予想できたことではあるので今さら勉強不足を悔やんでもしょうがない。登録するところに日本人会のブースがあったのでとりあえず寄ってみる。明日、新同学(新入生)の歓迎会をするそうなので行ってみよう。
・  
・ 9月2日
・ そろそろ日本(というか家族)に連絡しなければならないと思い国際電話かインターネットをするべく方法を探す。しかし悲しいかな、やはり語学不足がたたりこの日は全て失敗…。この日の昼ぐらいが最初の落ち込みのピークだった。
・ 午後はクラス分けテストを受け、日本人会の新歓へ。予想以上に日本人留学生多し。しかも結構中国語上手い…。ときどき本科生(4年間いる学部生)の人もいた。(気分的には)久しぶりに日本語をしゃべり、いくつか生活面の情報も得て少し気が楽になった。
・  
・ 9月3日
・ 朝から入学式。中国語の挨拶の後に英日韓と通訳が入り、時間はかかったがよく分かった。しかし、日本語通訳の人は面倒くさがりなのかかなり省略して訳していた。アメリカ人、ハンガリー人、イタリア人の留学生が挨拶をしていたが、ユーモアの富んでいてとても面白かった。(修士課程のイタリア人の失敗談:先生に「問」〔wen4、質問する〕と言ったつもりが「吻」〔wen3、キスする〕といってしまい、驚いて拒否された)
・ 昼食を取りに中国人学生の寮がある地区に行ってみるとすごい人通り!どうやら寮で新生活を始めるにあたり親や祖父母が一緒に来ているようだ。車のナンバーも「京」(北京市)だけでなく「津」(天津市)や「冀」(河北省)もあった。
・ 昼食後、昨日日本人会で得た情報をもとに、やっとインターネットができるところ(他の寮のネット用スペース)にたどり着く。百度(bai3du4、中国最大の検索サイト)の検索にとまどいながらも、日本に連絡成功。自分も家族とかも一安心。
・ 午後は留学生歓迎のレクリエーション的な行事。各15~20人ぐらいの15班に分かれて班対抗のゲーム。自分は第15班で班員は日本、韓国、インドネシア、タイ、ミャンマー、イギリス、イスラエル、パキスタンなどと様々。目隠しPK(スイカ割りみたいなの)、人口爆発ゲーム(地面に書いた枠内に何人は入れるか)、circle in circle(全員で手をつないで、手をつないだままフラフープをくぐっていく)などをした。この班は全員男だったので、体が小さい方が有利な後ろ2つのゲームではかなり苦戦してしまった。だんだんみんな打ち解けてきて、後半は簡単な中国語や英語でしゃべれるようになった。ただし、文を読むのは中国語の方が良くても、聞き取るのはまだ英語の方がましであるということを痛感。
・ 晩にはついに携帯電話を買う。が、国際電話はできない設定のようだった。
・  
・ 9月4日
・ とりあえずよく寝ていた。午後は少し出歩き、校内で大浴場とかいうのを発見。今度行ってみよう。夕飯は学食へ。やっぱり安い!普通に食べても100円もいかない!帰りに果物屋に寄ってみてリンゴ2個と桃1個を買う。これで3元(40円ぐらい)、安い。しかし、部屋に帰ってからナイフを持ってないことに気付き仕方なく丸かじり。明日買いに行こう。
・ 何となくテレビをつけてみたが、やっぱり何を言っているのか分からない。しかし、多少は勉強になるのではないかと思い、まだ一番分かりやすい子ども向けの番組を見てみた。ニュースよりはましだが、やっぱり聞き取れる単語は多くはない。
・  
・ 9月5日
・ 午前は散歩して、ネットして、買い物。
・ 昼食は従業員食堂へ。安いのは学食と一緒だが、当然ながらいる人の年齢層が高い。ここで好物のちまき発見!こっちの方が近いのでよく使うことになりそうだ。
・ 午後にはやっと部屋にネットが開通する…はずだったのだが、結局待っても待っても来なかった!フロントに聞きに行っても、(あまり聞き取れないこともあり)めんどくさそうに「明後日にはまた来るから」と言われて、それ以上取りあってくれなかった。
・  
・ この後2日後に部屋にはネットがやっとつながりました。しかし、フェイスブックをはじめとしてブログなど一度に大勢の人に情報を発信して、デモを誘発する可能性があるサイトにはアクセスできないようになっているようです。何か抜け道はあるのかもしれませんが、日本のブログに関しても、たいてい開けなくなっています。現状、このブログは見られるのですが、こんな事を書いているといつ開けなくなるか分かりません…
・ そんな先の見えない状況ですがときどき近況を載せさせて頂こうかと思います。
・ よろしくお願いします。

・ちなみに写真は大学内で見つけた点滴中の木です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

9.11十周年を前に

十周年を前に報道も盛ん。備忘にいくつかリンク。

NPRの特集ページは落ち着いたトーン。十周年を狙ってテロリスト入国かと報じられる直前の記事が選んだ写真は、いつもどおりの駅の片隅でじっと座っている警察犬。

NYタイムズの特集ページも同紙なりにこの十年をたどる。国外での戦争と国内での緊張とを静かに並べてみせる。ムスリムにとっての十年にも一節。ワシントンポストのコラム、「もし9.11がなかったら」も十年の月日がようやくとらせる距離をうかがわせる。

テレビ局ではCNNも一覧性があるけれど、CBSを(ページ反応遅いけど)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

横浜市教科書採択―ゼミ生ヒョーゴの教育委員会傍聴記

昨日8月4日に、来年度から横浜市の市立中学校で使用される教科書の採択が横浜市教育委員会で行われました。私は教科書採択審議を傍聴することが出来ましたので、そこで感じたことを述べたいと思います。
 
9時から9時半までが傍聴受付時間でしたが、私が到着したころには受付会場の教育文化センターにすでに多くの人が並んでおりました。9時になったところで開場され大ホールに移動したのですが、定員は512名ということで約200名の人々が大ホールには入れてもらえず会場の外で待つ他ない状況でした。もちろん、その人達に対する横浜市教育委員会の配慮はありません。そうして大ホールに集まった512名の中から教科書採択を傍聴することが出来るのは20名であり、くじ引きの結果、私は幸運にも選ばれました。私を含めた20名が移動したのは小さなビルの一室であり、そこで教科書採択が行われたのです。会場には教育委員が約20名、さらには記者が10名、傍聴者が20名といった感じでした。教科書採択の模様は音声のみが教育文化センターの大ホールに中継されていたようです。
 
私は歴史教科書・公民教科書の採択に注目していました。ちまたで言われているように教科書の内容どうのこうのではなく、私が多くの「新しい教科書をつくる会」の集会に参加しながら彼らの思想・考え方に気持ち悪さを覚えていたためです。偏狭なナルチシズムとでも言いましょうか、集会では毎度のように中国・韓国の名を挙げながら「彼らの侵略は気をつけなくてはならない」とか「彼らは野蛮である」などという発言を平気で行うのです。「つくる会」が言いたいのは結局のところ、「日本はそうした国に比べて素晴らしい国だ」ということでしょう。他者を攻撃しながら自らを規定していくような、子供じみたことを行っているのです。それも50、60歳の“立派な”大人たちが。あまりに呆れてしまい集会に行くといつも笑ってしまうのですが、問題はそうした子供じみた思想を持った団体がつくる教科書が実際に公に認可され使用されるような雰囲気・社会背景にあると思われるのです。このような関心から私は「つくる会」系教科書である自由社・育鵬社出版の教科書採択に反対の意を持ち傍聴しました。ここで自由社・育鵬社が採択されるようでは世の中狂ってるな、と。

教科書採択にあたってはじめに採択の観点が提示され、各教科で審議員の議論が進められます。そこでも気になった発言が多々ありましたのでそれについて考えていきたいと思います。小濱逸朗氏は「子供を健全な国民にしたい」とたびたび発言していました。それに付随して「今の若者は覇気がない」とも述べておりました。教科書採択中に居眠りする教育委員、今田教育委員会委員長にビクビクしながら円滑に採択を進めようと右往左往する教育委員を見ていると果たして大人は覇気があるのか、と思いました。「大人に覇気がないから若者に覇気がない」だったらわかるのですが。さらには、どの審議委員も「子供の将来のために」と連呼するのですが、その後に来るのは決まって「将来の日本のために」という文言です。このように言い換えたらどうでしょう。「将来の日本のために、今の若者を教育して良い国をつくる」。結局のところ彼らが言う「若者」というのは、「日本」の未来像であって自らの希望を若者に押しつけているだけではないでしょうか。

よく「子供は未来の担い手」などと言われますが、それは大人の社会的な責任を放棄しているようにしか私には考えられないのです。自分はもう出来ないから後は任せた、というのはあまりに無責任でしょう。私も若者の一人としてたまったものではありません。確かに子供は成長過程であり、定まった未来がないいわば白紙の状態かもしれませんが、それをいいことに大人の理想を押し付けられてはあまりにも暴力的でしょう。教育を考える上で、将来の見取り図が必要なのはわかりますが、子供や若者も今現在を生きる一人の人間なのですからもう少し対話をして一方的な押し付けは慎むべきではないでしょうか。もし本当に「お国」の事を考えどうにかしていきたいと思うならば、このとき必要な言葉や姿勢は「俺も頑張るから、君たちも一緒に頑張ろう」でしょう。
 
教科書採択の議論を聞きながら強く感じたのは、授業で子供の人格が形成されるという前提を皆が持っているということでした。たしかに、学校教育は子供の生活の中で大きなウェイトを占めるでしょうが、授業は子供本人にとっては些細な一部分でしかないでしょう。私の経験に照らし合わせたとき、人格が形成されたのは授業ではなく授業外の友人との交流だったり家族生活だったりする訳です。決して椅子に座って授業を聞くだけで、子供の人格が形成されるわけではありません。教育委員は想像力が欠如しているのか、それとも自分たちが唯一介入できる授業という場で人格形成がなされると思いたいのかわかりませんが子供の事を話し合うならばもう少し実情を見て、そこから考えるべきでしょう。
 
結局、採択の結果歴史教科書・公民教科書共に育鵬社の教科書に決定しました。審議員のやり取りから判断するにおそらく出来レースだったのでしょう。傍聴していたことがくだらなく思えるような審議の内容と結果でした。しかしながら、「つくる会」の集会から教科書採択の傍聴を行う中でわかったこともあります。それは他者とのコミュニケーションの欠如です。そもそも、コミュニケーションを取る気もないのかも知れませんが。自分ではない、他者である「外国人」「外国」「子供」などと対話を図ろうともせずに、自らに都合のよいように解釈し、結局は自らが気持ちのいいように他者像をつくる姿勢は共通していました。そして、これは「自由社・育鵬社の教科書採択に反対する」側にも言えることでしょう。

戦後民主主義教育を守り子供を守るとかは言いながらも、他者である子供と対話しながらそれを言っているのかは疑問なのです。様々な有名知識人がこの教科書論争に言及し自由社・育鵬社の教科書に反対するとか言いながらもそこに彼らの中に子供の顔は本当にあったのでしょうか。私は疑問に思います。私は小さな学習塾で小学生・中学生・高校生を相手に現在まで3年間アルバイトをしてきましたが、日常的に関わる中でちまたで言われている若者像とは全く違う姿が見えてきました。大学生の私よりも物事を深く考え、個々の様々な事情で苦しんでいる子の姿が見えてきました。それにはやはり時間がかかりましたし、根気も必要でしたがじっくりコミュニケーションをとる中で見えてきたものでした。

 今必要なことは「だれのための、なんのための」という根底から物事を考える姿勢を持ち、自分じゃない他者・自分より未熟だと思われる他者と対話しながら共に考えていくことではないでしょうか。それは歴史を考えるにも、教育を考えるにもこれから皆が持たなくてはいけない姿勢だと思います。それなしには、これからの新しい在り方を考えることが出来ず、安易に過去の遺物を持ってくることが繰り返されるでしょう。物事を根底から思考する作業が必要だと私は考えます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

6.11反原発デモ―ゼミ生ムラカミの見物記

物見遊山がてら高田馬場に向かう途上、「6.11新宿・原発やめろデモ!!!!」見物してきました。
デモ行為自体見るのは初めてですが思いのほか興味深く、色々と写真を撮りながらうろちょろした感じ。以下はそのレポートです。
S_20110611170028

JR新宿東口駅に15時ぐらいの時間に着いた頃は、時既に遅し、デモ隊は出発していたが、一目つく形で労働運動に年季が入ったおばあちゃんがプラカードを掲げながら雑踏をふらふらと歩きまわる光景に出くわす。通りがかる人たちがもの珍しい感じに写真を取っていたりしてなかなか印象的。(後々、この方は演説をなさったが、clichéな演説で、あまり魅力を感じず。これは、僕がだまって人の話を聞くのが苦手だけなのかもしれないけど。)

広場の中央では市民活動家のような人たちが市議会議員の人を呼んでの演説。「まぁ、もっともなはなしだけど」とおもいながらも、そのもっともらしさ、お行儀のよさゆえにあまり面白みは感じず。たまたま通りがかった兄ちゃんが「うるせぇ」と激昂するまでではなかったが、同じ若年層としてはやはり刺激が欲しいのか、演説に関してはほぼ無反応だった模様。個人的には「反原発」を象った黄色い風船を道行く人々に配りまくるのが印象的。ベビーカー押して歩く家族連れの方には好印象なのか。

本隊のデモは新宿駅周辺をぐるりと一周する感じ。デモの特徴を一言で言うならば百鬼夜行スタイル。各々が勝手にやってやる!という気風が見えてすがすがしい。テクノ系、パンク系統の音楽をスピーカで流しながらデモの雰囲気を作っていたようだが、個人的にはガテン系というか、サンバホイッスル、タンバリン、カウベルみたいな打楽器でリズムを作っている方が乗りやすかったかと。リズムに合わせて「原発はんたーい!!」と怒りの叫びをあげているのは楽しそう。

だいたい2時間ぐらいのうろちょろ観戦。
小熊英二の〈民主〉と〈愛国〉を読んで、昔あった全共闘争に思いをはせるのも悪くはないかもしれないが、途中であの分厚い本を枕にして午睡にふけることの方が多そうな自分には、やはり、今回のデモは見に行ってよかったかと。熱気が全然違う。かの悪名高き古豪「法政大学文化連盟」の幟を掲げながら練り歩いている学生の姿を見かけてちょっと笑ってしまったが、横浜国立大学からの参加者はいたのかわからない。次回あるならば、勝手に代表を名乗りながら練り歩くのも悪くないと思えるデモでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラスト報告です:ゼミ生オモダの留学記、締めくくり

こんにちは!!先日ついに帰国しました、面田です!!
日本に着いたものの大した感動は無く、帰国3日目にしてイギリスに行っていたことが嘘のようです。
日本のパンに魅力を感じなくなってしまったことがイギリスで暮らしていた唯一の証拠です。
この機会に、痩せないかしら。

…全粒粉、またはハード系のパンが売っている店をご存知の方…至急情報求ム!!

それはさておき、今回は留学の締めくくりとして最後のレポートになります!!
今まで有り難うございました!!…なんか感動してきた

最終回は今まであまりふれていなかった留学の第一目的についてふれたいと思います!
それはズバリ…
旅行です!!(苦笑)

周囲からの「飯まずい」「どんより真っ暗」といういらん噂を信じ、イギリス生活に渡航前から
絶望しかけていた面田の唯一の楽しみは、「ヨーロッパ旅行しまくるぞ!!」でした。
はい、ぶっちゃけますと留学に行きたい人にとっては最低なモチベーションだったわけです。
(前にも書きましたが、イギリスは実際とても×10良いとこでしたよ?念のため)

というわけで、イギリスに着くなり格安航空や電車の割引を利用してでかけまして、
最終的に、帰国の際の乗り継ぎ地だったシンガポールでの街歩きを含めると、20ヶ国に行ったことになります。
パスポートはスタンプでぐっちゃぐちゃです。税関通るたびに「そんなとこに押すなよ!!!!」と突っ込みたくなるのを必死でこらえていました。

雪降るポーランド、日焼けでひりひりモロッコをともに旅してくれた£50引きのジャケットに、この場を借りて感謝の意を表します。

さて今回は、それらの記憶をもとに、イギリス以外の国での勝手にいくつかのランキングを作ってみました。あくまで面田個人の主観です。

①美味しかったもの(パン以外)
1位:ポーランドの、ご飯入りロールキャベツ
なんというか、ポーランドでこんなに懐かしい味に出会えるのか!という驚きにより、1位です。

2位:ポルトガルのsardineフライ
カフェで山積みになっていたのを数匹、1匹10円ほどでしたか、購入しました。安さと庶民的さのコンビネーションにより上位です。基本的にポルトガルのお料理は口に合いました。

3位:ドイツのレモネード入りビール
ビールが苦手な私に、美味い!といわせた初めての一杯です。飲みやすかったんです。
その他スウェーデンのBrie(チーズ)サンドイッチやクロアチアのいかの白ワイン蒸し、スペインのアリオリソースも普通に美味しかったです。
美味しいものはたくさんなので、このランキングは正直あまりあてになりません。

②旅行に行ったらしてみると楽しいかもしれないこと
1位:スーパーマーケット・市場めぐり
これは、低コストかつ国ごとに置いてある物やパッケージのデザインが違うので、非常に楽しいです。
友達と、ヨーイドンで好きな食材を選びあい、ホステルのキッチンでそれを広げて夕ご飯というのも、
なかなか楽しいですよ^^ちなみに北欧では、牛乳パックのデザインまで可愛かったです。
市場(路上Market)はどの国にもあります。ロンドンにもかなりの数があるので、巡ってみるのも面白いですよ!

Photo1552_2
2位:道を尋ねる
一番お手軽に現地の人と交流できます。「優しい~~!!」と感動します。
現地の言葉で話しかけるとなお面白いと思います。
英語で話しかけても面白いです。
フランスでお姉さんに道を尋ねたら"Come on!!!!"といわれました。道教える気満々ですね笑

3位:早朝の街をふらふらしてみる
私は旅行に行くとたいてい朝早くに目覚めてしまうので、
さっさとホステルをチェックアウトして早朝の街をふらふらしていました。
早朝のカフェは地元の人がたくさんいるし、町にも観光客はほとんどいません。
通勤の様子など、街の普段の姿を見るのが好きでした。
あまり見かけないアジア人の顔に、店員さんも戸惑っているようでした。

③気をつけること
1位:お酒
いわずもがなです。酔っ払ってぼうっとしているうちに付き添いの人を見失うと、
いっきに酔いがさめます。

2位:ホステルの場所
使っていたホステルサイトの地図が間違っていた場合が結構ありました。
GoogleMapで再確認してから出かけることをお勧めします。
大体この辺だろ、と思って甘く見ていると、住所が1・2・3と順番に並んでいなくて
訳わからなかった、ということもありました。特に真冬の夜などは、泣きそうになります。ていうか少し泣きます。

3位:交通機関
特に乗り換えのある夜行列車・バスなどは注意が必要です。
夜行の癖に真夜中2時に乗り換え、寒い屋外で2時間待たされて死にそうでした。
また、前の電車が遅れて、夜行の癖に次の電車に乗れず、ハンバーガーショップと駅構内で夜明かし
なんてこともありました。

4位:尾てい骨
あまりにも痛かったので書きます。いくつかの街に、自由に借りられる自転車があるのですが、
悲しいかな、面田にはイスが高すぎまして、かつハンドブレーキではなかったため、降りるときに失敗して
尾てい骨をうちました。それから今にいたるまで痛いです。尾てい骨。こんなときに存在を主張しやがります。
友達に説明する機会があるかも、と尾てい骨の英単語まで覚えてしまいました(coccyx)。使いませんでしたけど。

③景色が綺麗な場所
1位:クロアチア
ドブロブニクの旧市街はすごいですBS放送(イメージ)のような写真がとれます。
紅の豚のモデルとなった町だそうです。
Photo1218_3

2位:ブダペストの夜景・プラハ城の夜景
やばいです。夜景やっばいです。特に前者、ヴァイオリン弾いてる人とかいて素敵すぎました。
先ほどのランキングと重なりますが、私はいつも街の高台に行くようにしています。
ただ、シントラ(ポルトガル)の高台を目指して歩いていくと、結構しんどいです。後悔します。
意地でやっとこさのぼりきってチケット売り場にたどり着いても、脇汗が恥ずかしくてなかなか入れません(個人差あり)
プラハ城は、真冬に行くと氷で滑ります。ビール飲んだ後とかに行くとスリル満点です。
彼氏に手を引いてもらいたい女の子にはお勧めかもしれません。

3位:ヴェネツィア
結構王道であると思いますが、素敵です。街並みが綺麗なところはたくさんありましたが、
景色、として見るならここかしら、と思いました。あ、あとチェスキークルムロフも綺麗でした。
Photo1048_2


④日本人が行くと面白い場所
断然、モロッコです。道行く人&道行くバイクの人達の3分の2が面田を二度見し、
3分の一が何かしらの日本語で話しかけてきます。スークでおやじに追いかけられました。
Photo0937_2
スーパーで写真撮られました。まさかの出来事に
一瞬反応が遅れました。キャッ!すっぴん!
バイクでものすごいスピードですれ違ったお兄さんが
「こんにちはさようならおかわり~~~~~ぃぃぃ」と、限られた時間の中で一生懸命話しかけてくれました。
答えようと思ったときには見えなくなっていました。
「ジャポネ!」と呼びかけてきた少年の白い歯と笑顔が印象的でした。
とにかく、日本人、うけます。in モロッコ

⑤安全な都市
1位:ストックホルム
綺麗で静か、なにより人が優しいです。顔も優しそうです(偏見?)英語が通じる、というのも安心感につながったのかもしれません。
ストックホルムでの危険な体験といえば・・・スーパーで友達と歩いていたら、おじさんに長い食パンでそれぞれ頭をたたかれたことくらいでしょうか。
でもおじさん、そのパン買ってました。そして上機嫌に鼻歌歌ってました。よくわからない。

2位:ジュネーヴ
チューリヒはいきませんでしたのでとりあえずココで。
街が綺麗で広く、信号を守っている人が多かったです(笑)。
けれど、フランスに近いので、フランス語のほうが一般的で、ちょっと緊張しました。

スペイン(南部)なども安全だとは思いますが、なにしろはじめのうちは旅行に慣れておらず、緊張していたので
安全と感じづらかったのかもしれません。

とまぁこんな感じでしょうか。随分長くなってしまいました。最終回だと思ってお許しください。
イギリスの格安航空には、とてもお世話になりました。
添乗員さんにお願いをしても、ご飯中だから、と断られたりしますが、日本では
ありえない体型してる添乗員さんもいましたが、いろいろと適当でしたが、
気にしなければとてもお安くいろんな国へと飛べますよ!
救命器具の使い方を説明するときの彼女達の、心底やる気のない顔が面白かったです。
ヨーロッパ各地を回る際には、是非活用して見てください!

6月の後半からゼミにも再び参加させていただきますので、
またよろしくお願いします。というかお手柔らかにお願いいたします・・・

See you, soon!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

しゃべるイギリス:ゼミ生オモダの留学記9

Photo1241_2

こんにちは!大分暖かくなってきましたね!
そして、大分明るくなってきましたね!
夜も明るすぎて寝れないですね!(大げさ)
最近のSheffieldはといいますと、
冬とはうってかわって木や草花がもっさもっさしてます。
茶色のお家と色とりどりの植物がとてもお似合いで、
近所の公園を歩きながら春だーーーーーと
うきうきしている面田です。
時間がある日はサンドイッチ片手にベンチで読書!
頭は完全に春モードです。
私の春モードなんて、実は可愛いもので、
多くのいかした(?)お兄さん達が、上裸で芝生に寝ていました。
皮肉なことに、Sheffieldは皮膚がんの発生率No.1?だそうです。どんまい。
図書館で向かいに座ったお兄さんが、
いきなりTシャツ脱ぎだしたときは困りました。
・・・正直そこまで暑くないと思うよ!室内だし!

さて、ついに帰国が目の前に迫ってきましたが、
Sheffieldに留学できて、よかったと思うことがたくさんあります。
適度に都会なので、定期的にいろいろなイベントが開かれますし、
サンドイッチ屋さん、カフェもたくさんあります。
にもかかわらずたくさんの緑があり、また、さまざまな年齢、
人種、階級の人たちが住み、かつ歴史のある街Sheffieldですが、
なんといっても一番は、人が優しい、ということでしょうか。
わりと都会であるわりには、人懐っこい人が多いと思います。
よく行く八百屋やカフェの店員さん(やたらLovely!と連発する声のでかい人)
やお客さん、公園やスーパーですれ違ったり順番待ちをしている人など、
他愛も無いことを話しかけてくれます。
はじめは不意打ちに驚きうろたえるばかりで、
その他愛も無いことが聞き取れるようになってきたのはごく最近のことなんですけれど・・・えへ
これが完璧に聞き取れていたら、また、自分でも言えたりしたら、楽しいのだろうな!と
強く思います。

例えば、天気の良い日に坂道を下っていて、上ってきた人に
ぶつかりそうになり謝った私に、
「眩しすぎてあなたがまったく見えなかったわ!!!なんてまぶしい太陽なの」
と太陽のせいにしてくれたり、
八百屋さんで、50pを払おうとして10pを出してしまった時には
「稼ぎが少ないのね! Hahahahahahahahahahaha!(本当によく笑う人でした)」と言われたり。

Flatの子達が、ほとんど顔を見せることのないシンガポールの子(実はとても良い子でした)
のお誕生日にも、誕生日カードを書き(私もちゃんとサインしましたよ!)、
その子の部屋のドアを飾り付けていました。
ほとんどしゃべらないからよくわからない、関係ない、で終わらないところが素敵だと思います。

街の人を見ていてもわかるように、他愛のない一言を日常的に言い合うSheffieldの人たちですが、
イギリスのコメディーは一般的に皮肉交じりのものが多い、と聞いたことがありました。
ほんとのところどうなのかと思っていましたが、たしかに!と思う事もあります。
というか、皆さん、コメントにひとひねりいれるので面白いです。
コメディー番組では、他のトークショーなどでの言い間違いや、
D1000001


偶然映りこんだ面白い映像などに、時にはニュースのないようそのものにまで、
コレでもかというくらい突っ込んでました。
ちょっと文章だと表しづらいので、帰国後にでも機会があれば紹介しますね。
個人的には、結構面白いと思うのですが、
アメリカ人的には「言ってることはわかるんだよ、でもね、笑えない。」そうです。
コメントが少し過激すぎて引いてしまうことはありましたけれど。

それから、イギリスのメディアは本当に議論が好きだな、と感じます。
最近よくラジオを聴くのですが、毎日何かひとつのテーマに関して、
DJとリスナーが討論しています。
ここでも、リスナーの意見に対してどんどん突っ込みます。
ロイヤルウエディングについて、「女の子なら、ケイトさんのようなドレスを着てみたいと思うものよ!」
というリスナーさんの意見に対して、
「私そういう女の子じゃなかったからわかんないけどね(笑)」と、さらりと言ってました。
シリアスな内容のときでも、どこかおちゃらけたような、皮肉交じりのコメントが新鮮でした。
ビンラディン殺害のニュースの次の日には、早速
「果たしてそれは事実だと思いますか?事実かどうか、実際に写真を見て確認したいと思いますか?」
というテーマでリスナーからのメッセージを募集していました。
「死体なんて気持ち悪いじゃない!見たいわけないでしょ!」
とても、素直ですね。
テレビや新聞を見る際に、わりと受動的になりがちでしたが、
彼らを見ていて、もう少し意見を持つのも面白いな、と思うようになりました。

実は留学生活、あと1ヶ月無いんです。
最近甘いものの摂取しすぎでお腹周りから注意警報が出ていますので、
気を抜かないように毎日を過ごしたいと思います。

Photo1123_2


今回の写真は、私の好きな高台からの眺め(黄色い部分は菜の花か何かだとおもいます)と、
とてもシュールな新聞記事です。(ウィリアムさんとケイトさんのお面入り!というもの)



D1000002


それから、可愛すぎて思わず描いてしまった、
先日見かけた公園の遊具で楽しそうに遊ぶ、ほほえましい老夫婦です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

二十世紀アメリカの終わり

連休に子どもを連れてディズニーランドに行ってきました。自分が学生をやっていたころ以来か、二十年ぶりくらいの訪問。

いやぁよく出来た遊園地です。年長組になった上の子どもあたりは物語も読み取れるようになっていて、ファンタジーから冒険、コミカルなやつまでうひゃうひゃ言ってよろこんでいました。原発事故の影響で外国人客がほとんどいなかったこともあってか、すいてましたしね。たくさんのアトラクションを楽しめたのも良かった。

でも、遊園地にすぎなかったのだとも感じ入りました。

しみじみとショックを覚えたのはトゥモローランド。ディズニーランドの中で未来世界を語ってくれるゾーン。昔で言うとスペースマウンテンが筆頭で、宇宙へと続く無限の進歩が高らかに歌われた場所(人気アトラクションが集中してたのもこの辺じゃなかっただろうか)。行ってみると、あれれ。ミライって、こんなんだっけ。

二十世紀中盤に生まれて一世を風靡したアメリカのビジョンがたしかに終焉を迎えたのだと実感しました。地震、津波、そしていまだ終息しない原発事故。3.11後の世界を生きるわれわれが納得とともに共有できるような未来図をこのハイパーテクノロジー社会にみつけるのは難しい。ピースの一片を欠くと、それとの釣り合いで保たれていたファンタジーや冒険の世界もなんだか書き割り色。ディズニーシーがもはやアメリカを起点にした物語にできなかった理由の一端を見るようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気になった一言集:ゼミ生オモダの留学記8

Photo0886
こんにちは、近頃随分と春らしくなってきましたね。
イギリスでも桜が咲きます。タンポポが咲きます。
それよりもずっとたくさんのの水仙が咲きます。(添付写真参照)
そして3月の最終日曜日からサマータイムが始まったことにより、
夜は8時過ぎても明るいです。気がついたら夕ご飯の時間が過ぎています。

さて今回は、日常生活の中で気になった一言をいくつか取り上げてみたいと思います。

☆「もうありません。食べてしまいました。」

考古学の実験で、ガラス作りを疑似体験、ということで
市販の飴を溶かしてストローで吹く、という実験をしました。
私達はいくつかのグループに分かれ、それぞれ先生から飴を受け取って
作業に取り掛かります。
その前に腹ごしらえ、というわけで、皆でひとつずつ飴をいただきました。
私も、良いのかな、と思いつつ、渡してくれた女の子の笑顔が可愛すぎたので
食べずに入られませんでした。←おい
ところが私達のグループは、もともと配られた飴の数が少なかったようで、
実験をするのには少し足りなくなってしまいました。
すると先生がやってきて
「飴は?もう無いの?」と聞いてきました。しまった、バレる!と思った瞬間、
一人の生徒がなんでもないかのように、食べたから無いよ、と言ってのけたのです。
先生も、あらそう、と、隣のグループから飴をもらってきてくれました。
なんというか、教授と生徒の距離が近い?というか。気軽な会話もよくなされます。
たとえば授業中に、

先生「硫黄は、卵のようなにおいがします」
生徒「卵はこんな臭いしません。僕の家は養鶏場です」

という感じに。

☆「はい、彼女と彼女はfriend,彼もfriend,彼はboyfriendです」

これまた考古学の授業でのこと、
できるだけ知らない人とグループ作ってねー
と言われ、それぞれ散らばったあと、グループの雰囲気を見た教授が、
ある女の子に「あなた達知り合い同士で固まったわね!」と言ったときの、その子の返答です。
さり気に彼氏とか言ってるし。
こら彼氏!照れない照れない!笑
古代の小麦に囲まれてのろける気分はいかがなものなのでしょうか。
教授はあっさり流してました。笑

☆「何あれ、あれで終わり?一瞬だね」

イギリス人のお友達が、この間日本のドラマをチラッと見た
というので、感想を聞いたときにこう言われました。
さて、何が一瞬なのでしょうか。
はい、キスです。
そうね、たしかにね、イギリスのドラマはキスなんて挨拶代わり(笑)と
言わんばかりにしてますしね。
彼女いわく日本人のキスは「触っているか触っていないかわからない」そうです。
小さい頃、キスシーンは実際にキスをしているわけではない、
と信じきっていた面田のように、純粋な子供はイギリスには存在するのでしょうか。

☆「私、正常よ!!!!!」

これまたイギリス人のお宅にお邪魔したときのお話です。
彼女の家にはwiiがありまして、
皆でwii fitをやっていました。
はじめに体重やらBMIやらを測定しなくてはいけないんですね。
それで、彼女の妹が結構ぽっちゃりした子で、本人も結構気にしていて、
測定中ずっと「ヤバイヤバイどうしよ(完全に意訳)」とつぶやいていたわけです。
そして運命の測定結果は、ギリギ・・・とりあえず正常値だったわけです。
しかしそれを見たとたん彼女は飛び上がり、
「皆聞いて!私正常よ!正常!」と叫びながら走っていきました。
夕飯のときも、デザートのチョコレートケーキの上から
これでもかというくらい生クリームをドバドバかけて食べる彼女を
お母さんがとがめると、
「良いのよ、私、正常だから!!!!」とケロッとしていました。

イギリスは、世界でアメリカについで肥満人口が多い国だそうです。
確かに「どうした!?」ってくらいの人が結構います。
けれど、太っていることを気にしている人はあまりいないように思います。
時には「アメリカのハンバーガー見たことある!?こんなだよ!?」
なんて話も。授業中にも、教授が講義で
「アメリカ行ったら食べ物の大きさに驚くよ」といっていました。
確かにハンバーガーのサイズはアメリカのがでかいけどね、
日本人からしてみたらあなた達も十分すごいわよ!
上がアメリカしかいないというのにこの自信です。
私は彼らの肥満の原因は、食べる量よりも、偏食や油分、糖分の摂りすぎにあるとおもうのですが。

☆「ヨーグるト、じゃ無くて、ヨーグルト、だよ!」

アメリカといえば、イギリスの人たちは、アメリカンアクセントを
結構話のネタにします。BBCニュースでさえも、です。
私の発音がアメリカンアクセントだったりすると、いろんな人に直されます。
そして、話し相手のアクセントが少しアメリカンだったりすると、
「アメリカ出身ですか?」と聞いたりします。教授の助手の人とかにも平気で。
おかげでイギリスにしかないアクセントや言い回しをいくつか覚えることができたわけですが、
ヨーグルトに関しては、上に書いたように、
日本語では違いが表せないほど、ほとんど同じだと思います。
これもイングリッシュのプライドでしょうか。
「○○をアメリカンで言うと、ひっどいよー」とか、
「彼氏にするなら西海岸のアクセントまでは許容するわ」
とか言ってる人もいました。
語尾に「~じゃけん」とかつける人を見ると萌えてしまう面田ですけれど、
彼らの、アメリカンアクセントに対する反応には
それよりも少し、敵対心というか、ライバル心が感じられました。
他にどんな言葉があるの?と一度聞いたところ、、
「紙おむつ」の発音の違いを教えていただきました。
・・・日常生活のどこにも登場しない。

はい、いつものようにだらだらと書いてしまいましたね。
しかしもうあと1回?になるんですね、この報告書も。
桜が咲き始めたのんきなイギリスとは裏腹に、
日本は今地震や津波、原発の問題など大変な状況だそうですね。
少し前まではこちらでも日本の状況がテレビや新聞で大きく報道され、
フラットメイトの子達が心配して、メッセージカードを私の扉の部屋に貼ってくれたり、
偶然であった教授が「時間ある?」と私を呼び止め、家族は無事?」とわざわざ声をかけてくださったり、
テキストを送ってくれた人もいて、感動しました。
私も今は、そんなメッセージを送る側に近い気がします。
この間は突然のメーリスすみませんでした。
でも、皆さんがご無事なようで、ほっとしています。

それでは、また来月!

Photo0890
Photo0889
ちなみに今回の添付画像は、
Cooplandsというチェーン店の
イースター限定?のメレンゲでできた間抜けなひよこちゃんと、
私が子供だったらあんまり行きたくない、怖いおもちゃ売り場です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史はくり返すか―政治の崩壊、戦前そしていま

NHK特集「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」が終わりました(再放送が十五日に?)。
なかなかの意欲作。オープニングがよく利いています。

なぜ日本は戦争へと進んだのかと問い、説明するとき、ひとはそれを因果の連鎖で語ります。けれどもこの説明は、うっかりすると、それしかありえなかった一本道を印象づけてしまう。それが、「だから仕方なかったよね」に転化するのはあまりにしばしば。

その「仕方のなかった」、他にありようもない過去の延長線上にあるのが現代だとするとどうでしょう。必然で、他にどうしようもなく、ゆえにこのまま生きていくしかない現代です。しょうがないよと諦めて、現状を追認するしかできないヒトの出来上がり。気をつけたいところです。

さてくだんのオープニング。ドミノが倒れていくのですが、いくつもの分岐点が設けられていて、それも時代を下ったり遡ったりを繰り返すのが印象的。ある出来事がそれしかなかった必然だったと言うよりも、いくつものベクトルがあわさり、意図には関わらずある行動が選択されるうちに、思わぬ帰結を招き寄せていきます。やむを得ない帰結と言うよりも、いくつもの転進ポイントをついに最後までのがし続けた果てに戦争があったと。

その語りは、歴史の必然の名の下に免罪をしてくれません。そこ、いまそこの地点で、アナタが選んだその行為が、これを招いたのですよ、と。しかもその登場人物たちはどれをとってもバカでも無知でもなかったりします。行く末をおおいに憂えたりもする。エリートであったり、責任を持った地位にいたり、影響力を行使できる場所にいながら、でもしくじる人たち。第三回のテーマは報道メディアの役割でもありました。

同じようなことが起きているよな、いまこの時点でもとつぶやいてしまいます。

五万円ばかりの献金を騒ぎ立てた人、それを黙認し追従した政界、安全な形式論に立てこもるマスコミ。前原さんの肩を持つ義理はこれっぽっちもありませんが、その揚げ足取りゲームの先に何があるのか考えてみたのとは聞いてみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

イギリス生活と慣れと:ゼミ生オモダの留学記7

Photo0778

こんにちは、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
早いもので、私の留学期間も残すところ3ヶ月ちょいとなりました。
2月は曇りの日が続き、なんとなーくやる気を失っていた面田ですが、
近頃随分と日が長くなりまして、お花なんかも咲き始めたりして、
春を感じて嬉しくなったりしています。早く暖かくなれーーーーーー

この間、2月にイギリスに来たばかり、という日本人の方が、わがフラットに遊びに来ました。
せっかく来てもらうのだから、Chaosっぷりを見せたい!笑
と思ったのですが、その日はちょうど掃除のおばちゃんが廊下の堆積物達を一掃して下さったばかりだったのでした。
ちょっと残念に?思いながらも、初めての日本人の来客にどきどきしておりました。
そしてついに彼女がわがフラットへ!「今日はわりと綺麗なんだよ・・・」と言おうとしたとき、
彼女の口から「汚い・・・ていうかなんか臭くない!?」と信じられない言葉が!!!!!
あっれぇーーーーーーーー!?
その後も会話の所々に「ていうか臭くない?臭いよ」と挟んでしまうほどに私達のフラットは「臭かった」様です涙
・・・慣れって、怖い。帰国したときにもしも面田が臭かったら、ちゃんと本人に指摘してあげてください。
本人気付いてないと思うんで。

今まで散々、ブリティッシュガール達の雑さについて触れてきましたが、彼女達にはこだわりがあるようです。
少し前にFlatのトイレの電気が壊れ、引っ張っても消えなくなってしまいました。
2ヶ月近くそのままの状態であるにもかかわらず、
何度も引っ張って消そうとする「ガチャガチャガチャガチャ」という音がよく聞こえます。
(私の部屋はトイレの隣なので、それはもうよく聞こえます。)
「電気消えないのよーーー」うん、知ってる。笑
Flatの暖房の設定温度も、毎日誰かしらがこまめに調節しているようですし、('Save the planet!'という手書きの張り紙が!!!)
廊下の電気もそういえば夜にはいつもしっかり消されています。
前回のブログに書いた、「キッチン緑化計画」の真相が、「フォレストパーティ」だった事から考えると、
あれですかね、地球環境に敏感なんですかね?環境に優しく、なんですかね?
排水溝にパスタ詰まってますけど、放置されたハロウィンの風船が廊下を歩くたびにまとわりついてきますけど、
あまり綺麗とはいえないキッチンテーブルの上でクッキー捏ねて焼く前に食べてますけど、オーブンを煤だらけにして、その煤で「燃えたーーーー!!Yeah!」みたいな落書きしてありましたけど、キッチンでホッピングしてましたけど・・・
うーん、不思議です。トイレの電気を消そうとする努力で皿くらい洗えるのでは・・・!?
・・・も、もしかして水の節約かな

それからこの間、イギリス人のお友達が
「この間、日本のモチを買ったんだよ!美味しかった!!!」と言ってくれました。
日本の話が出たこともですが、イギリス人に日本の味を認められたような気がして嬉しく思いながら
(イギリス人味覚音痴?そんなことないよ)
彼女のお家でそのモチのパッケージを見せてもらうと、その名もまさに「日本風味の、もち」
そうです、なんとなーく胡散臭いこのフレーズ、Made in Chinaです。
・・・だまされてるYO!!
彼女はさらに、「ピーナッツバターみたいな味で、美味しかった!」と嬉しそうに言ってくれました。
うーん・・・あんこだよね。そんな味したっけか。
ずっと前に見つけた「ゆろとづ さんずし」という謎のお菓子も、
「こないだ日本の"ゆろとづ"食べたんだよ!おいしかった!」とか言われる日が来るのでしょうか。
複雑な気持ちでした。

後期の授業も始まりました。なかなか面白いですよ。
教授達の英語には「良い意味で」慣れまして、1時間頭真っ白、という事はなくなりました。ようやく。
調子こいて「なるほどねー」って思ったりなんかしてます。笑

後期の考古学は、実験があります。骨を見ます。
部屋に入った瞬間に、テーブルの上に所狭しと並べられた骨ほねホネ!
なんかでっかい動物の顎の骨とかあるし!!!
「皆さんご存知のように、肉屋では鶏のような小さい肉は丸ごと、
牛のようなでかい肉は腿や肩などに切り分けて売られています。これは、
動物によって一箇所で発掘される骨の部位が異なることと関係しています」
・・・イギリスに来るまで鶏や七面鳥がごろごろ置かれている肉屋をご存じなかった私ですが、楽しくやっています。

「美術とは何か」という授業のディスカッションでは、イギリスっぽく?理屈をこねこねした討論が行われました。
「目で見ただけなら完璧にオリジナルに似せて描かれたコピーの美術的価値は?」
「ていうか目で見るって眼鏡掛けた場合も含む?顕微鏡は?」
「ていうかそもそも美術的価値って何?」
抽象画の価値について、英語でどう表現したらいいものかと頭が混乱した面田は、
咄嗟に絵を指差して「これ私でも描けます!」と一言。
今思い返しても我ながら恥ずかしい。話せませんねー・・・英語、MURI。
皆が言っている事は大体わかるようになってきたし、それについてちゃんと考えてもいると思うのですけれど、
話す言葉が幼稚過ぎてもどかしいです。うううう
「僕も描ける!」って名乗り出てくれたジェントルマン?、どうもありがとうございました。

少しまじめな話をすると、
このあいだイギリスのテレビ番組を見ていたら、
現在ロンドン在住のアフガニスタン出身の女の子が、
自らの故郷を訪れ現状をレポートをするという番組が放送されていました。
彼女は小さい頃に、彼女の将来を考えた両親とともに、ロンドンに移住してきました。
親戚達は現在もアフガニスタンに住んでいます。
そんな彼女が故郷に帰り、親戚との再会を喜びながらも、
貧しい生活をしている人達や、タリバン政権の下でひどい扱いを受けてきた女性達と実際に出会い、
見ず知らずの男性との結婚を、「文化だから」と受け入れている幼馴染と再会したのち、
「私はここ(アフガニスタン)で暮らすことはできない」ときっぱり言う場面では、
私も複雑な気持ちになりました。「ロンドンは安全だし、自由だわ」と。
日本人アナウンサーがそういう場所に行って涙を流すよりも、現実味があるというか、
日本では考えられないことが、現在も実際に起こっている、という気持ちをより強く感じました。
そして、このような危険な地域から実際に移住してきた人たちが身近にいること、
すごいことなんだなぁと思いながら見ていました。

残り少ない時間を、悔いの無いようにすごしたいと思います
写真は、以前私がはまり込んだpotato cakeです。ASDAのものです。
これとTESCOのものはポテトの割合が多く、M&Sのものはバター臭が・・・ごにょごにょ
詳しく知りたい方は個別に聞いてください。笑
もうひとつは、ロンドンの自然史博物館の展示物です。
皆目が死んでます(笑)面白かったのでつい。
Photo0775

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エジプトは対岸の火事にあらず

エジプトでムバラク大統領が退陣しました。さて、どうみましょう。

翌日、日米大手メディアの論調の基本は「民主化のドミノふたたび」だったと見うけます。連日広場を埋めた人びとの熱はおおいに報じられたところ。チュニジアの例も含めて、SNSやツイッターも媒介にした水平的な人のつながりは印象的。民衆革命という側面はたしかに。軍評議会からの権限委譲をはじめ心配はありますが、アラブにおいても民主化の流れはとどめようがないと。

その半面、ちょっとした違和感も。

なじみの、同時にやや使い古された言い回しです、よどみなき歴史の趨勢としての民主化。一方にいまだ民主的な社会を手にしていない国や地域があり、他方にそれをすでに達成した社会がある。前者から後者への必然的な移行、というお話。

ふむ、必然?民主化未満と完成された民主社会?

違和感の正体をさぐってほんの少々の例をみてみましょう。独裁的だったというムバラク政権はアメリカをはじめ民主制諸国の支持をうけていたはずです。ムバラク政権についていえば三十年の長きにわたって、その独裁を民主主義陣営がいわば必要としてきたわけです。少々強面でも、中東地域の安定にはその方が好都合だったとは言い過ぎでしょうか。

仮にこの見立てに即すと、今回のエジプト政変を民主化というキーワードひとつで説明するのはうまくいきません。民主主義と独裁とは並存してきたのですから。問うべきは、その並存を許さないどんな変化が起きているのかでしょう。

冷戦の時代がいよいよ本格的に終わりつつあるのだ、とざっくり整理してみましょう。かつて、こう言えたのかもしれません。社会主義陣営をはじめさまざまな「敵」に対抗して少々のことは目をつむろう。経済的な豊かさがあれば、まぁうるさく騒ぐな。ところがおそらく、こうした言い回しが通用しなくなっているのです。

より純粋な民主化を人びとが求めているとみるのは少々楽観がすぎます。冷戦の終わりとともにあきらかになっているのは、民主化を達成していたはずの地域においても自らの進むべき道がわからなくなるという事態です。アメリカに久々に登場した夢と希望とかたる大統領オバマとその彼の思いがけない苦闘はひとつの現れです。ティーパーティー運動を単に反動的な保守派の世迷い言だと切り捨てると、あの運動の広がりや盛り上がりは理解できません。冷戦構造のちょうつがいがはずれるなかで、ここしばらく沈黙を強いられていた声にも出番がまわってきているのでしょう。民主化が飛び火しそうな地域は大変だなぁとひとごとで眺めている余裕はないのかもしれません。

いったいわれわれはどこに進むのか。羅針盤が心許ないのは日本も同じです。

不評きわまりないこのところの民主党政権。あれを手際の悪さのせいにすると大きな図柄を見落とします。冷戦期・高度経済成長期のお約束に忠実でいれば良かった時代が終わったときに自民党の長期政権もまた幕を下ろしたのでした。その後の物語をまだ誰も描ききれないのが日本の現状でしょう。名古屋・愛知での選挙結果に既成政党への不信をみるのは妥当ですが、圧勝した陣営の政策をみても、したり顔の批評家たちのコメントを聞いても、そこにビジョンは見あたりません。

二十世紀後半型のビジョンの賞味期限は切れています。新しい構想には、短くとも百年単位の射程がいるはず。そんなものが急に手に入れば苦労しませんが、視野をひろくねばり強く試みるしかないはずです。遠回りも含めてぼつぼつやろうじゃないですか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«歴史の街?イギリス型郊外社会?:ゼミ生オモダの留学記6